ゲームとマンガを消費し続けた存在が、人間関係もねらっていくにあたっての備忘録です

人に伝えるために伝える人を失うオタクが僕は本当に

  

 自分が高機能障害を併発してる可能性は高いので寄っていく面はしかたないけれどなるたけ話題からは外していきたいとは思っているこの頃ですこんにちは。

 

 発達障害とオタクの親和性は高いのは事実なんだけど。それはともかく、特定の事柄に対して高い集中を見せるとかいうオタクの本質は知的好奇心と密接に結びつくと同時にいつだって障害者と紙一重だ。ただしそれを"異能"にまで高められる存在はごくまれだし、たいていの異能の力は魔女狩りに会う。自分が主人公をやれるって人は大切なものを失う瀬戸際まで"力"が目覚めるのを待つのも一興だけど、平々凡々と生きる小市民代表の俺としては歩く場所は地面のほうがいい。実際は地べたを這いつくばってるだけだとしても地面がなきゃ話にならない。ちなみに、いっしょに這いつくばってると思ったらハイハイが異常に速い能力者だったなんてホラーもざらにあるから気を緩めてはいけない。おもわず字を太くしてしまったけれど、ほんとうによくある。

 

 さて冒頭から最悪な文章ですが、今回は何度か言っている「しゃべるなオタク」を少し一般化させた話をします。まず始める前に、しゃべるなオタク、ここで声に出して何度も繰り返しておきましょう。神社の手水みたいなもんですね。あ、あと僕の文章に滲む主張のすべてはオタクが人間関係をやっていくためのものなので、オタクコミュニティで一生やっていくぞという羨ましすぎる界隈には関係ないです。いくぞ。

 

 人間関係をやっていくうえで自分の得意な話をし続けるのは自殺行為だという話をした。http://iriwopposite.hatenablog.com/entry/2017/02/19/014305

誰も興味ないことが得意だというのは特異だということで、すくなくともこのジャパニーズソサエティで特異な存在は魔女狩りにあうことは広く知られている。ヨーロピアンブレンド、和洋折衷の文化だ。ただ、今回は身近に多い、高機能コミュニケーション不全に陥りがちなオタクに焦点を当てる。要するに、勉強オタクだ。

 語彙力の低いオタクはいい。そもそも長くしゃべれないし、論理でもちょっとおかしくなったら容赦なく無視されても本人も文句が言えない。結果淘汰されおとなしくなんとか適応していくことが多い。

 しかし残念ながらオタクは基本的に語彙力が豊富だ。その分野についてたくさん知っているわけで、それは当然としても、さらにそれを人にきちんと説明する国語能力まであると厄介だ。弁が立つオタクはゴキブリ並みの生命力を持った災害指定種である。そもそも成人するまで社会淘汰されずに生き残ってしまったオタクなんてものはその群れで固まり続けたか、出すぎる杭は打たれない理論で一人成層圏のかなたまで飛んでいってしまった場合に限るわけで、そういうのが一番多いのが高学歴層だ。僕自身もその構成員の一端を担うのは事実であり、高学歴オタクが筋の通った含蓄のあることを豊富な語彙を活かして論じてくれるたびにしゃべるなオタクと繰り返し念じるのは、それがまるごとブーメランであるからに他ならない。

 オタクに厳しい家庭で育ったため批判的な目は意識していたが、俺自身が高学歴オタクの一角をなしている以上なかなか身内のことは見えていなかった。今もまだまだ見えてなんかいないんだろうとは重々承知しているが、しゃべるなオタクのご誓文を特に意識するようになったのは、東京大学の生徒が坂◯忍にボロクソ言われるテレビ番組を見てのことだった気がする。俺のTLはおおむねオタクに同情的だったし、俺もそのころまでは何の疑いも持たず正しい主張だと思っていた。まったく知らない方なので申し訳ないんだけど一番まとまっていた主張がこれだと思う。

 

しかし今なら断言できるけどボロクソ言われて文句は言えない。

 

 人間関係をやっていく際の負けの定義は拒絶されることだと考えていいと思う。そして拒絶、交流しようと思う気持ちの放棄、これにダイレクトにつながるのがオタクの早口に他ならない。

 高学歴オタクの言い分はこうだ。物事を正確に伝えるためにはどうしても話が長くなってしまい、それを短縮するために難解な語彙を使用するのはやむを得ず、それでも長くならざるを得ないから早口になる。それを理解しないのはお前が悪い。人が説明してやってるというのに理解しようという努力もしないどころか挙句の果てにもっとわかりやすく言えとはなにごとだ、と。

 

 うるせえもっとわかりやすくしろ。 

 

 わかりやすくしなきゃだめなんだよ。言われてんじゃねえか。なにが長くならざるを得ないだ、なげえから聞く気もなくすんだよ。

 とまあはっきり言ってしまったが何度も言うように俺自身も高学歴オタクなので気持ちはよくわかるのだ。わからないなら勉強してくれよ、一面だけ切り取った情報で誤解させたらまずいな、文が長いなもっと短い熟語使えないかな。

 これは、最近はやりの言葉で言うなら、部族の慣習に他ならない。国立大学、特に東大なんかだと記述問題が圧倒的多数を占める。そこでは"知っている限り多くの情報を"、"制限字数に収めつつ"、"制限時間内に"書き切る必要がある。ほら、さきほどのオタクの言い分だ。アカデミックな世界ではそれが正義であり、作法であるからしかたがない。

  しかし、繰り返すがこれは部族の慣習だ。火の回りを踊るのと一緒だ。いったん外に出たらそうはいかない。人間関係をやっていくためには、部族の正義を人に押し付けてはいけない。おいオタク、お前の使う難解な熟語、理解できない人間の方が多くないか?それで何を伝えられるんだ?コミュニケーションとは、和訳すれば伝達である。相手に伝わらない言葉はコミュニケーションでは使えない。使ってはいけない。日本人にわざわざ英語で話しかけるのとおんなじだ。英語くらいなら腕一本折るくらいで我慢してやろうという気にもなるが、複数言語の組み合わせなんてされた日にはかかわる気もなくしてしまう。それとほとんど同じ話だ。そういう言語オタクもいる。もちろん殺意以外の感情が湧いたためしがない。

 次にやってくる反論は短い断片的な情報は危険だ、というものだ。

 だから、これも部族の慣習だ。槍もってウホーの延長にすぎない。部族の中では筋道だっているかもしれないが、傍からみたらいい迷惑でしかない。へたに体系化された知識をもっているオタクは義務感をもって説明にあたるが、日常会話に際限なく注釈つけていったら広辞苑のできあがりだ。読めるかそんなもん。"理屈っぽい"と言い換えてもいい。会話をする際に、無駄に情報量の多い話をするのはNGなのだ。もちろんオタク同士でやるぶんには構わない。存分にでかい辞書を振り回していってほしい。

 

 テレビ番組というのは今や最悪なコンテンツの代表ではあるが、それでも大衆というものをなによりも意識した時代の遺物であることは重視するべきだ。そこで高学歴オタクが叩かれる理由を考えるのは悪いことではないと思う。

 思うに、強いオタクの武器は異常な知的好奇心とそれを探求、理解、吸収する無駄のない無駄なスペックだ。それ自体はなんら非難されることではない。だがそれを他人に強制するのは部族根性だ。即刻捨て去る努力をはじめていい。もちろん、はじめも言ったとおり部族の中で一生をやっていく方には関係ない話だ。とくに高学歴オタクの村には高い塔が立っているので、族長まで上り詰めれば他の村からも無下には扱われない。

 しかし塔に登れない凡庸な村人は、村を追い出されてもやっていけるような心構えが必要だ。このとき真言として唱えるだけで効果があるのが、「しゃべるなオタク」ということになる。まああとは強いオタクの村人、たとえ塔に登るにしても、自分がオタクだったからできたに過ぎない異常な行動の数々(一日何十時間も勉強したり、好きなことのために寝食犠牲にしたり)を人に求めるのはよしたほうがいいとは思う。

 

 

すべては村の外を出ても人間関係をやっていくために。

 

凡庸にサヴァイヴするための、備忘録だ。