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              ゲームとマンガを消費し続けた存在が、人間関係もねらっていくにあたっての備忘録です

オタクが受け入れられた世界でぼくらが振るう暴力を

 オタクは忙しい。そのことをもっとオタクは自覚していい。


 これだけ書くとバカっぽいわけだが、でも近年オタクを取り巻く環境はやわらかくなるばかりで、少なくとも首都圏におけるオタクの社会的地位はさほど悪くないものだと思う。俺がいうオタクは「なんかしらにハマって無限に時間を溶かせる変態」のことなのでアキバ系にはまったく固執しないが、自分が漫画ゲーム方向に位置するのでどうしてもそこらへんを起点に進めてしまうのは勘弁してほしい。

 先日、チャラ男先輩がオタクの彼女が忙しくて寂しかったみたいなバズツイートがあった。(https://twitter.com/yama_gisi1614/status/830565551831289856)ここのところ似たようなことを考えていたため、やはりバズる案件なのかと得心した。これ、オタクから見たら「あらおもしろ笑」、くらいですむと思うけど、おそらくこれをRTした人の中には「まじでオタクありえない、私よりゲームが大事なの?ほんと困った」みたいな経験をして共感した、って人も多かったはずだ。

 なにがいいたいかというと、オタクじゃない人というのはハマれるものが少ない、下手したら一切ない、ということに多くのオタクは気づいていないのだということである。
 オタクじゃない人はある意味、圧倒的にヒマなのだ。だって家にいてもやることないし、心血金銭を注ぐコンテンツもないのだ。やることがないからご飯や恋愛に精を出さざるを得ない。(ご飯や恋愛で得られる快感は生物として共通のものなので)(もちろんご飯オタクや恋愛オタクもいる)オタクの捨てぜりふにありがちな、「そんな暇ねえよ!」は案外的を得ていることも多いのかもしれない。


 これはオタク擁護ではなく、被害者面をしてはいけないという自省論だ。当然ながら俺自身も、“ハマるコンテンツがない”なんて意味わからねえしどうやって人生をやってきたんだ、なんて思ってしまうわけだが、どういうわけかオタクにならずに人生をやってきてしまう奴らがいるのは事実なのだ。そいつらのほうがまだまだ社会的強者であるのはくれぐれも肝に銘じなければならない。寝食セックスなんかよりもっとやりたいことがあるオタク、客観的に見て気味が悪い。自分を振り返ればなんにも不思議じゃないんだけども。
 意外とそこに気づくのは難しい気がする。視点の方向が違うだけなのに、相手を羨んでばっかりだ。

 ここでなんでこんな話を始めたかというとこに戻るんですが、僕はキモオタとオタクまじありえん派のハイブリッドとして生まれ育ったオタクなので、オタクの中ではまあまあ異文化交流をしている方だという自負があるんですね。漫画ゲームの話をしないように人と楽しく話す練習とかもやってきました。いわゆる人間関係をやっていく、というやつです。
 つまり、それだけふつうの人の中でやっていくことが怖かったわけです。偏差値の高い大学を志望した理由の9割は誇張じゃなくオタクのままやっていけるところでモラトリアムするためでした。オタクは他のオタクにも寛容であったり、分野がまたがってることが多いので、勉強オタクが多い高学歴社会にはオタクへの開かれた社会がありがちです。

 で、そのわりには一つのものにハマりきらないわけだ俺は。いろんなものに顔をつっこむのは好きなのに、ある程度しかできない。ポケモンなんか例えやすくて、ストーリークリアまで楽しむのがふつうだとしたら99.Lvまで厳選するのがオタク、75.Lvまでは全部育てるくせにパタッと飽きるのが俺だ。その余剰時間で別のことをしてますます広く浅くを繰り返す。功罪あるので別にその気質自体はいいんだが、ちゃんと極めるオタクとも非オタクとも、話はできても根幹のとこであれ?ってなることが増えてきた。
 もちろん俺みたいなのもいるところにはいて全然特別なことではないんだけど、だいたい声が大きいのは両極端な人だというのは広く知られているわけで。おいオタク お前はここが 抜けている、みたいな指摘に頷きつつも、いやでもな オタクにそれは 酷なんだ みたいなことを考える生活に疲れた先が今のこの場というわけだ。

 
 で、話を戻すと、繰り返しになるがオタクが人間関係をやるにはめちゃめちゃ忙しい。俺だって彼女がいればスマホゲーなんかに課金しないとか言ってるお前は彼女ができてもレベル上げに邁進し続ける。デートから帰れば「今日はありがとー」なんてラインよりも読めなかった今週のジャンプを優先してしまう。組み立てられなかったプラモデルを夜を徹してやってしまうし、音ゲーの途中で着信でも来ようものなら確実に拒否ってブチ切り、コンボが途切れてそのまま自分がブチ切れるまである。
 その忙しさにオタクはあまりに無自覚だ。というか、みんなもそれくらい忙しいと思ってる。

 そんなことはないのだ。最初に言ったとおりどうしても自分基準で進めてしまう面があるが、勉強の好きなお前や服選びに半日かかるお前もみんな一緒だ。料理に手間をかけすぎるお前も毎日映画を何本も観てしまうお前もみんな見る人が見れば理解不能なキモオタクだ。

 みんなお前ほどそのことに興味ないし時間もかけてない。そんなに忙しくない。


 それは全く悪いことなんかじゃない。なにも恥ずかしいことじゃない。ただ、それが特別なことだということを自覚するのは大切だと、僕は思うのだ。
 謙遜は大事だ。増長するイキリオタクほど見苦しいものはない。しかし自分を卑下するオタクは案外多い。これが人を傷つけるということに、もっと注意深くならなくてはいけない。

 異文化理解という文脈ではよくある話だ。ただ、自分もそうだがどうもオタクのほうが趣味という避難所に隠れがちな印象を受ける。避難所から見た景色ほど、相手は怖くないし、自分は小さくもないのだ。

 
もう一度言おう、オタクは忙しい。そのことをもっとオタクは自覚していい。