ゲームとマンガを消費し続けた存在が、人間関係もねらっていくにあたっての備忘録です

コブシの花がきれいだった話、あるいは

自転車で知らない通りを走った。


 公園があって、桜がきれいに咲いていて。1本だけ、入り口にだけ、コブシの木が花を咲かせていた。コブシの木は背が高くて端っこで咲いてるから、だれも目を向けない。

僕もそれだけ見たいと思ったわけじゃなかった。ただ僕は背が高くて、花見をしようと思って通りがかったわけじゃなかったから、その白を見つけることができた。ずいぶんと凛とした白が、まぶしかった。サクラがあんなにいっぱい咲いていたからかもしれない。それともただ単に、散ることがわかっていたからかもしれない。

 その日はスーツを取りに行かなくてはいけなくて、僕の家のまわりは坂だらけだから自転車で行くなんて馬鹿みたいだと自分でもわかっていた。でもたまには自転車を無意味に漕ぐのもいいだろうと思った。働き出したらもうこんな無意味は簡単にはできないだろう。無意味に価値を見出してしまうのは悪い癖で、でもその無意味がずっと僕を生かしていた。わかっていた。

 

 つい最近大好きな人に文章を褒められた。文章を褒められるのよくなくて、自我が壊れそうになる。こんな言葉の羅列が。繋げただけの文字列が。だれかの心を動かしてたまるか。動かしてたまるかよ。助けてくれ、人に上手にものを伝えられる媒体が言葉しかないんだ。言葉を積み重ねたところで、本当に伝えたいことはまったく伝わりやしないんだ。何ひとつ信じちゃいないんだ。でも言葉しか持ってないんだ。だから。だからさあ。

 コブシの花がきれいだったんだよ。でも自転車を止めるほどのことではなかった。文章は流れで、その流れを止めなければ誰でも書けるものだと思っていた。違うのかもしれないと最近思い始めた。流れが見えない人もいるのかもしれないと考えるようになった。傲慢。さっさと働けよ。意味なんてなくしてしまえよ。ビルの中で空も見えずにさ。死んでしまう前に空を見よう。俺は空を見るためだけに、冬の昼前にある大学の授業はサボることにしていたんだ。

 自転車で知らない通りを走ったんだ。それだけでぜんぶ諦められた。俺のぜんぶを守るために、俺は労働しないといけない。もう存在しない夕景のために、直立しないといけない。

 桜の花が散ったって、前に進まなきゃいけないんだ。死ねない理由がいっぱいあるんだ。死ねない理由を、いっぱいつくってしまったんだ。酒がうまい日があるから。言葉が要らない日があるから。死ねなくなってしまうんだ。最悪だ、最悪な人生を。

 

 ここまで全部嘘だとしたらどうですか。エイプリルフール。そこに一遍の色彩を。桜の花を散らしてみようか。真っ白なコブシがうるさいから。

 歩きたくない、全く歩きたくないんだ。文を書きたくなんてないし、できることなら生きたくもないんだ。なのに死ねない理由がいっぱいあるんだ。桜なんて大嫌いだ。

 無価値だった全てが大好きだった。その全てが嘘だとしても、言葉しか持っていないんだ。早くしてくれ、滑落してくれ、死なないでくれ。

 

 全部の花が散ったって、まだまだ人生が続いてしまうことに気づけるなら。

 

自転車で知らない通りを走ってよかった。

 

ほんとうによかった。